「元湯 陣屋」
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INTERVIEW

大事な日本の「魅力発信メディア」としての
旅館業を成熟させる

第四回
鶴巻温泉「元湯 陣屋」女将 宮﨑知子

2017.06.20

みなさんは、神奈川・鶴巻温泉にある「元湯 陣屋」という名旅館をご存じだろうか。倒産の危機に瀕した旅館を、本田技研でエンジニアとして活躍していた宮﨑富夫氏(現・(株)陣屋 代表取締役社長)が、「生まれ育った自然と旅館を残したい」という思いから継承を決意。ITシステムを駆使した生産性向上やコミュニケーション力アップによって、たった 5 年で 高収益旅館によみがえらせた。また、旅館業界においては革命的な週休三日制をとり、社員の満足度向上、生活向上を実現しているいま注目度ナンバーワンの旅館だ。第四回の「SWITCH BRIGHT」は、女将として旅館の現場を取り仕切る宮﨑知子氏のインタビューを中心に「元湯 陣屋」で働く魅力を紹介する。

前回の自分を超えていかねばらないからこそ
成長できる。

世間一般的には、旅館の仕事には「きつい、長時間労働」といったイメージがいまだに残っている。「SWITCH BRIGHT」では、そんなマイナスのイメージを払拭し、旅館やホテルの仕事には魅力が溢れているということを世間に伝えたいと考えて運営している。

今回紹介する陣屋の女将である宮﨑知子氏は、本田技研で将来を約束されていた夫である富夫氏が数年前に家業である旅館を継いだことから突然、旅館の女将になることになった。まずはそんな女将の宮﨑知子氏に旅館で働く遣り甲斐を聞いてみた。

「最初は必死でしたので、正直何も覚えていません。仕事の遣り甲斐ではなく、どうにかしなければいけないという思いが先にありました。お客さまに喜んでいただくことで、自分も喜びを感じるようになったのは5年ぐらい経ってからでしたね。倒産を免れたころです。それまでは、楽しいと思えたことは一度もなかったです」

陣屋は、社長である富夫社長の類まれなる経営手腕によって倒産の危機を脱し、V字回復していった。その後は、女将の宮﨑氏も精神的な余裕を得て、旅館の面白さを感じていったという。

「若い人たちに伝えたいことは、“手ごたえを感じられる仕事”であることです。ダイレクトに反応が返ってきますから。提供するのはモノではなく、時間と空間です。そして体験です。それらを支えるためにサービスや料理があります。これらの総合的な価値を創造するのが我々の仕事です。それが上手くできたときや、次の来館に繋がったとき、心地良い達成感を味わえます。リピート利用してくださるお客さまに対して、同じ事を繰り返すことはできませんので、その都度、前回の自分たちを越えていかなければいけない大変さ、「自分たちがレベルアップしていかなければ次はない」というプレッシャーを感じながら接客をしていますが、だからこそこちらも成長できるのです。

ただし、この仕事の喜びを理解できるタイミングというのは人によってまちまちです。時間がかかる人もいるし、すぐ理解できる人もいます。それが分かるまでは、辛いと感じることばかりかもしれません。でも、潜り抜けた先に見えてくる景色というのは、快晴の青空のような美しい景色です。頑張ってきて良かった、続けてきて良かったと思える達成感ですね」

サービス業は離職率が比較的高い業界と言われているが、「一ヵ所で踏んばることに価値がある」とも宮﨑氏は語ってくれた。“もうダメかな”と思った先に、実は大切なものが待っているのだ。

お客さまの体験のトータルプロデュース

陣屋では、マルチオペレーションという運営スタイルをとっている。これは、一人ひとりが決められた仕事を担当するのではなく、みんなが複数の仕事をこなしていくスタイルである。星野リゾートなどと同じスタイルだ。このマルチオペレーションは、仕事において覚えることが多いところが大変なところだが、多種多彩な業務ができるので、遣り甲斐や楽しさも大きいのではないだろうか。

「マルチオペレーションですと、縦の組織はあまりありません。宿泊部門や料飲部門、宴会部門という区切りがないので、『やりたい』と手を挙げればいろんな仕事が舞い込んできます。宴会のオペレーションだけでなく、宴会の予約をどう取ってくるのかを疑問に持ってもらえれば、営業や予約の部門に見に行くことをできるし、その営業がどのようにマーケティングを行ない、どう集客をしているのかも見ることができます。ブライダルの担当者も、婚礼がないときは宿泊のサービスもします。ですので、宿全体を考えながら婚礼のコーディネートができるのです。好奇心さえあればいくらでも経験できることが小さい組織の利点です」

また、陣屋ではスタッフが自分で考えて行動することを促している。料飲サービスでは、ただ食事を出して終わりではなく、お客さまに合わせていろんなアレンジをスタッフが考えて行なえる。さらには、スタッフは電話や予約も取る。よって、電話に出たスタッフが結納の予約を受け、自分で全部手配をし、当日も接客するということが多くあるという。お客さまも、最初から最後まで一人のスタッフが担当するのだから安心だろう。

自分で考えて自分で接客しお客さまを喜ばすことができる。こんな環境だから、陣屋は離職率が極端に下がった(4パーセント)し、出産・育児のために一度退社したスタッフが戻ってくる「スタッフが働きたい職場」になっている。

プロフェッショナル旅館マネジャーというキャリア

陣屋が次に考えているのが、旅館で働く人のキャリアデザイン。旅館やホテルで働く人たちが、しっかりとキャリアを積めるようにしたいという。“旅館”は、観光立国を目指す日本の大事なコンテンツである。日本の魅力を世界に発信する大事なメディアである。陣屋は、そんな大きな存在意義のある旅館を担う人材をしっかり育成したいと考えている。そのためには、旅館の仕事を作業だけでは終わらせず、キャリアを積み上げるという考え方をこの業界に浸透させたい。そして、マネジメントやマーケティングという仕事も経験し、将来は一つの旅館の総支配人になったり、独立をして経営者になったりする将来像も描けるようにしたいと、宮﨑氏は語る。

現在、陣屋には多くのコンサルティング依頼が来ており、ほかの旅館のサポートも行なっている。そして、陣屋がサポートをする旅館の業績は回復し、職場環境も良好になっているのだ。そんなことができるプロフェッショナル旅館マネジャーが誕生し、旅館業界が活性化することを願うし、陣屋には、その旗手となっていただきたいと思う。

Information

鶴巻温泉「元湯 陣屋」

  • 住所:〒257-0001 神奈川県秦野市鶴巻北2-8-24
  • 電話番号:0463-77-1300
  • ウェブサイト:http://www.jinya-inn.com/
  • 客室数:20

鶴巻温泉「元湯 陣屋」女将
宮﨑知子氏 Tomoko Miyazaki
〈プロフィール〉東京都杉並区出身、昭和女子大学文学部卒業後、東芝ファイナンスに就職。2006年に結婚。2009年に夫である富夫氏が家業である株式会社陣屋を事業継承して代表取締役社長に就任したのをきっかけに女将に。家族構成は、夫である富夫氏と、10歳の長男、8歳長女の4人家族。

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Staff Interview

お客さまに寄り添った接客が
できることこそ、旅館の魅力。

仲居 
本田有希子さん

高校を卒業後、バスガイドの仕事に就き、そして伊豆にあるホテルでも仕事をしました。地元に戻ってくるタイミングで、元湯 陣屋に入ることを決めました。

旅館で働く魅力は、お客さまに携わる時間が長いことです。ご宿泊当日にお迎えし、翌日お帰りになる際まで、ずっと寄り添っていられますから。と同時に、業務内容は多岐にわたります。ですので、短期間にいろいろな仕事を憶えることができます。

一般的に、接客業は拘束時間が長く、業務がキツイといったイメージがあるかもしれませんが、私はそうしたイメージに不安を感じることはありませんでした。お客さまと接することが大好きですので、業務時間が長くなってしまった時には、その分だけお客さまと過ごす時間が多くなるので、むしろ嬉しいですね。お客さまと時間を共有し、言葉を交わすことが、ストレス発散にもなっています。担当させていただいたお客さまから、お礼のお手紙をいただくこともあるのですが、読み返すたびに、「この仕事を続けていて良かったな」と思います。

今後の目標は、旅館業を目指す仲間を増やしていきたということ、そして、陣屋で共に働く後輩たちと一緒に成長していきたいですね。

Staff Interview

お客さまの「思い出づくり」のお手伝い。

マルチスタッフ 
滝田翔平さん

陣屋にお世話になる前は、別の業界で販売の仕事をしていました。そこで感じたのは、「たった一度の出会いで終わるのではなく、何度もご利用いただけるような接客の職場で働きたい」ということでした。もともと私は人と接することや人の笑顔を見ることが大好きですので、一度きりの接客で終わってしまう販売の仕事に物足りなさを感じたのかもしれません。そんなことが、旅館業に転職した理由です。旅館は、他業種と比べてお客さまとFace to Faceで直に接し、長い時間一緒に過ごすことができますから。

旅館で働く魅力は色々あるのですが、お客さまはみな同じ要望を持っているということはなく、一人ひとりが違った多種多様な要望を持っていて、それに対して柔軟に、臨機応変に対応することで喜ばれることに醍醐味を感じますね。お客さまの期待に見事応えられたときの達成感は大きいですね。

また、何度も来られるお客さまから顔と名前を覚えていただけたときは、やっぱり嬉しいですね。私の仕事は、元湯 陣屋の魅力をお客さまに伝えること、好きになってもらうことだと考えています。当然、我々スタッフも重要な魅力要素の一つです。お客さまが自然と笑顔になっていただけるよう、気さくでありながらも、接客マナーやきちんとした立ち居振る舞い忘れないようにしながらの接客を心掛けています。

陣屋のコンセプトは「物語に、息吹を。」です。私たちスタッフは、お客さまの物語と、思い出づくりのお手伝いをさせていただいています。だからこそ、一回一回全力投球で業務にあたっています。仕事が惰性にならず、一人ひとりのお客さまのニーズをしっかり把握して、その人に合ったプラスアルファの接客を提供できるよう心掛けていきたいですね。

Message

人生の先輩から若者に向けて
「仕事や人生を楽しむコツ」とは?

総合力

「元湯 陣屋」
女将
宮﨑知子氏 Tomoko Miyazaki

Editor's Note編集後記

陣屋ほど、革新的な旅館はありません。

ITによる革新と、働くスタッフの職場環境の革新。IT活用の事例では、独自の運営システム「陣屋コネクト」をフル活用、例えば、車寄せに設置したカメラがカーナンバーを読み取り、お客さまが到着した瞬間に誰が到着したかが館内で共有されます。また、旅館で週休三日制にした例も本邦初でしょう。
旅館の未来形がここにあります。(近藤寛和

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