「食べるお宿 浜の湯」
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INTERVIEW

接客は一方的に与えるものではない。
ゲストとスタッフが共創するものなのだ。

第二十二回
食べるお宿 浜の湯 代表取締役
鈴木良成

2019.10.22

まずは、このページ「情熱のかけら」(https://www.izu-hamanoyu.co.jp/service/stafflist.html)  をご覧いただきたい。「食べるお宿 浜の湯」のスタッフが紹介されているページだが、各ページには、接客を受けたゲストからの応援メッセージが付けられている。顧客は仲居さんを指名で宿泊予約を入れるという。「浜の湯」の仲居さんとゲストの関係は、まるでアイドルグループとファンの関係のようである。筆者も実際に接客を受けてみて、実に感動させられた。「接客のチカラ」というものを、大いに実感させられた。今回担当していただいた仲居の美穂子さんのファンになったし、彼女に会いに再訪したいと素直に思う。一泊二日の滞在の最初から最後までを一人の仲居さんが担当するが、楽しそうに働く仲居さんとのコミュニケーションそのものがこの旅館の最も大きな魅力になっている。今回のスイッチブライトは、そんな仲居さんを育て、接客を心から楽しめる職場をつくっている鈴木良成社長のインタビューを中心に、日本旅館の魅力を再考してみたい。

「いつか見返してやりたい」

鈴木社長は、子供のころ、細々と民宿業を営む父親の背中を見ていて宿経営を継ぐなんて絶対嫌だと思っていた。だから一度も宿の手伝いをしたことはなかった。皿洗いさえやったことはなかった。小学四年生のころの作文には、将来の目標を「立派なサラリーマンになる」と書いた。

大学四年生になって就職活動を始めると、東京に祖父がやってきて宿を継ぐ気がない孫を嘆いた。祖父を哀れに思った鈴木社長は、仕方なく実家に戻って継ぐふりをするつもりで手伝いをしたのだった。

「そうしたら、あろうことか、宿経営の魅力にすぐはまってしまったんです。ちっぽけな旅館だったからか、うちの親父はリピーターを大切にしながらやっていたんですが、そのリピーターとのやり取りが楽しくて楽しくて・・・。それにはまっちゃったんですよね」

そのとき、鈴木社長は覚悟を決めた。 旅館経営を一生の仕事にしようと心に誓った。

宿は古く小さくボロボロだった。同業者にも馬鹿にされた。大手旅行会社に営業に行っても相手にされなかった。それどころか、鈴木社長がいる前で、手渡したパンフレットをごみ箱に投げ入れられた。

「いつか見返してやりたい」

それが鈴木社長の原動力になっていった。

個人客向けの高級旅館への変身

お客さんだけはついてきた。新鮮な「黒むつ」の舟盛りが名物であり、朝食にまでたっぷりの刺身を付けていたのが魅力だった。毎日満室。しかもリピーターと、リピーターが紹介してくれたお客さんでにぎわっていた。

お客さんがついてくれたので、銀行からの融資も受けられ、「浜の湯」は、増改築を繰り返し、建物としての魅力も増していった。

時代が21世紀を迎えたころ、鈴木社長は、旅館を「個人客が喜ぶ宿」に変える決断をした。団体旅行客が減り続けていたためだった。

団体客と違って、個人客は料理の魅力だけでは満足しない。団体客の接客に慣れてしまっていて自分たちのやり方を変えようとしないベテランの仲居さんよりも、四大卒の新卒採用をして、真っ新な人材を一から指導して新生「浜の湯」を創ろうとしたのは、それが分かっていたからだった。四大卒で旅館の仲居になるなんていうのが非常識扱いされる時代だったし、いじめもあったため、当然ながら新卒の採用と定着は難航したが、それでも、体制の至らなさを必死で改善していった。

「新卒採用を初めて2年目に3人入ってくれました。未熟ながらもこの3人が頑張ってくれました。ちょっとでも目を離すと辞めてしまう可能性があったので、一生懸命寄り添いました。3人が飲みに行くときは必ず連絡をもらって、付いていって一緒に飲んで愚痴を聞いてあげて・・・、そんなことをやっていましたね」

新卒採用を初めて二年後の2002年、露天風呂付き客室を8部屋設けた。それが当たった。業界の内外で話題となった。一泊二食の平均単価が3万円という当時にしては高単価のその8室は毎日稼働し、その8部屋の年間の稼働は98%を超えた。

四大卒採用は非常識という世間の声や、いじめを止めないベテラン仲居の抵抗をよそに鈴木社長は毎年新卒採用に専念した。新卒で入った若手の仲居たちは、自分たちに後輩ができることを楽しみにしていたし、入ってくれば一生懸命育てた。そうやって毎年4~5人が入社するのが4年くらい続くと、若い仲居の団結力はすごいものになっていた。若い仲居が過半数になるころ、自分たちの古いやり方を押し付けたり、いじめたりするベテランの仲居は自ら辞めていき、優しい仲居だけが残った。

若手の仲居が担当した露天風呂付き客室は、評価を得続け、5年後にはさらに8部屋追加した。料理提供も、一気に数を並べる民宿スタイルから一品一品提供する懐石料理スタイルに変えていった。

今では、50室の完全個人客向けの高級旅館になっている。

旅館だからこそできる「世界に誇れる接客」の確立

鈴木社長が「個人客が満足する高級旅館」にすべく、料理の魅力と客室の魅力を磨いていった過程はわかったが、いまの「浜の湯」の最も大きな魅力は、お出迎えからお見送りまでを担当する仲居の接客にある。仲居さんが、純粋に、お客さんの一日を最高のものにしてあげたいという気持ちで、お客さんと共有する時間を楽しみながらおもてなししてくれる。筆者は長年ホテルや旅館を取材しているし、利用もしているが、「浜の湯」以上に接客にワクワクしたこともなければ、「接客のチカラ」を感じたことはなかった。この仲居の接客の魅力はどのように高めていったのだろうか。

「個人客向けの高級旅館にシフトしようと思ったころ、一生の仕事にしようと決意をしたこの旅館業、その旅館の接客が世間的に評価されていないことに憤りを感じていました。ディズニーランドの接客サービスは称えられ、リッツカールトンのホスピタリティは本になっていくけれど、旅館のサービスは注目されない。それが悔しくて。旅館だからこその接客サービスというものを、この四大卒の優秀な子たちに手伝ってもらって確立しようと考えたんです」

完全担当制だからこそできる細かい顧客情報の入手を行ない、顧客カルテを作った。最初は、これに賛同しないベテランの仲居さんの反発があったり、やっても活用できない環境であったりしたために、定着するのには大変な苦労があった。鈴木社長は、「やり続けてもらうことがものすごく大変だった」と述懐する。

ところが、徐々にリピートしてくれるお客さんが現れると、顧客カルテが活躍しだした。前回来館されたときはどんな目的で誰とお越しになり、どんなおもてなしをして喜んでいただけたかといった情報が、再訪時の接客に大いに生かされた。仲居たちの接客を顧客たちが絶賛した。そういう嬉しい思いを体感した仲居たちは熱心に顧客カルテを埋めていくようになっていったのだった。

「顧客カルテを作ろうとしないベテランの仲居たちも、みんな作るようになっていきました。お客さんに特別な一日を過ごしてもらいたいという素直な気持ちを持った仲居たちに、接客スタイルや何をするかはすべて任せるようにしました。自分たちで考えさせ行動させるようにしたことで、みんな生き生きと仕事をするようになっていったんです」

「心があるから、道を大きくそれるようなことはするはずがない」

鈴木社長は、スタッフを信頼していた。

一人ひとりが自分の個性と感性を最大限発揮できる職場

「浜の湯」は、繁盛旅館である。いつもリピート顧客でいっぱいだ。しかも、何度も何度もリピートしてくれる。もちろん、顧客だってほかの旅館を利用するが、ほかに行っても何もしてくれないので、「やっぱり浜の湯が一番だね」といって戻ってくるという。

「そのお客さんにして差し上げたパーソナルなおもてなしが忘れられないのでしょうね。間違いなく、仲居のみんなの存在がうちの価値になっているんです」

「浜の湯」では、スタッフみんなが自分の個性や強みを最大限発揮できる環境にある。一人ひとり、みんな違う。みんな個性があるし感性も違う。それを認めてあげて思い通りの接客を創ってもらう。そんな職場を鈴木社長は創っている。だからこそ、仲居さんは素の自分を出しているし、心と心でお客さんと繋がれる。 「一泊二日の旅行のなかで、あの子の接客が最大の想い出だよ」という感想を大勢のお客さんが残していく。

接客というのは、一方的に与えるものではなく、ゲストとスタッフが共創するもの。接客はコミュニケーションなのだ。「浜の湯」の在り様を知ると、こんなことを痛感する。

鈴木社長は、スタッフを信頼していた。

「お出迎えからお見送りまで一人が担当するのは、全世界見まわしても日本旅館にしかありません。旅館は、日本文化が詰まっている場所です。従来の旅館の形を崩しちゃダメだと思っています。日本旅館の文化・スタイルとは、畳敷き、座卓と座椅子の和室の本間において、仲居が跪座の姿勢で和の立ち居振る舞いで料理を提供する。それが正道です。うちはこれを崩さずまっとうしている。みんなには、だからこそ誇りをもってやりなさいと言っています」

民宿時代、玄関を入ったところに小さなフロントがあった。そのフロントの奥の事務所で鈴木社長が予約の電話を受けていたりすると、電話の最中にもかかわらず、お客さんが鈴木社長の前にちょこんと座っていたりする。「ロビーのソファで待っててくれればいいのに」というと、お客さんはこういったという。

「お前の宿がちゃんと予約が入っているか、ちゃんと電話の応対ができているかどうか、心配で見に来てやった。お前も少しは電話応対がうまくなあったなあ(笑)」

まるで、親戚の叔父さんのようである。

鈴木社長は、この原体験の嬉しさが忘れられない。この原体験の嬉しさを仲居さんにも味わってもらいたいと願っている。

これこそ、「浜の湯」の強さであり、日本旅館の本質的な魅力なのかも知れない。

Information

伊豆稲取温泉 食べるお宿 浜の湯

  • 住所:〒413-0411 静岡県賀茂郡東伊豆町稲取1017
  • 電話番号:0557-95-2151
  • 客室数:和室33室/和洋室17室/洋室7室
  • ウェブサイト:https://www.izu-hamanoyu.co.jp/

代表取締役
鈴木良成氏 Yoshinari Suzuki
1964年3月生まれ。 産業能率大学情報学部卒業。
その後YMCAホテル専門学校ホテル専攻科卒業。 株式会社ホテルはまのゆへ。

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Staff Interview

常に200%の気持ちを持って全力で臨んでいます。

仲居 小嶋 美穂子さん
入社4年目 東京観光専門学校卒業

人と接することが好き。接客業を志してホテル専門学校へ進みました。当初は有名ホテルで働くことを夢見ていました。都内外資系ホテルでのアルバイトをしていたころは、高級ホテルで働いている自分に喜びを感じていたのですが、ある時ふと疑問を感じた瞬間がありました。日々行なっている業務が、ただ淡々とこなす作業になっているのではないかという疑問です。自分自身の存在や、自分だからこそできることを感じることができなくなってきてしまったのです。私のやりたい仕事は、チェックイン・チェックアウト業務や、料理の上げ下げではなく、そうした接客を通して深くお客さまと関わって、特別な一日を創っていただくことなのではないかと気付いたんです。そんなときに出合ったのが「浜の湯」でした。企業説明会に参加し、自分の考えていた姿がそこに見えました。その後は、迷わず「浜の湯」一本で就職活動をしました。

旅館はホテルに比べ、一泊二日という比較的長い時間をかけて、お客さまとじっくり向き合いながらニーズをつかむことができます。そうやって得た情報をもとに、来館されたお客さまに最大限喜んでいただく。お客さまは何か月も前から、その一日を楽しみに来館されるのです。いい加減な仕事をすることはできません。だから常に200%の気持ちを持って全力で臨んでいます。

もちろん、モチベーションを維持するのが大変だと感じることもあります。でも、お客さまから自分を認めてもらえる。認識してもらえる。数ある旅館のなかで、私に会うことを楽しみにして「浜の湯」を選んでくれるお客さまがたくさんいるんです。そういうお客さまのなかには、家族のように接してくれ、私を娘や孫のように可愛がってくれる方もいらっしゃいます。ですので、この宿をお客さまにとっての「第二のわが家」にしたいと思いでいます。

以前の私は、この宿の顔になるという意識を持っていましたが、今はここで働く全スタッフが、この「浜の湯」で輝けるようになってほしいと考えています。ここは若いスタッフばかりです。だからこそ、私たちが率先して後進のために道をつくらなければならないと思います。多くの旅館の中でも突出した存在となるためにも、企業としての基盤作りをしていくことも意識しています。一流の宿であると呼ばれるとともに、働く環境もさらに整えていきたいですね。今後は、この宿の中で働く皆が高みを目指せるように、しっかりとしたすそ野を広げていきたい。積極的に旅館の魅力を情報発信していきたいと思います。

Staff Interview

お客さまとのコミュニケーションを通して、新しい自分を発見できる仕事です。

仲居 柳瀬 夏希さん
入社2年目 立正大学卒

就職活動を始める前まで、私は宿泊業にまったく興味を抱いてはいませんでした。就職活動を目前にして自分は何をしたいのかを考えたとき、「デスクワークは苦手だし、数字も大嫌いだけれど、人に関わることが好きだな」って思ったんです。毎年家族で伊豆を訪れていたこともあり、幼いころから伊豆に住んでみたいと思っていました。「接客業・伊豆」というキーワードで考えたら「浜の湯」に行きつくのは必然だったのかもしれません。

いくつかの企業説明会にも参加しましたが、どこも給与や福利厚生に関する話ばかり。何だか定型文的な説明ばかりで心に響くようなことはありませんでした。ただ「浜の湯」だけは、まったく違っていました。実際の業務内容、接客スタイルやそこに込められた熱い想いを感じられたことが印象的で、ここで働いてみたいって即座に思いました。特に心に響いたのは、「自分の存在価値を見出せる場所。あなたじゃなければできない、あなたにしかできない仕事がここならできる」という社長の言葉でした。

旅館の仕事は、心から誇りを持てる仕事なのに、社会的地位があまりにも低いことに私は不満を覚えます。入社したあと、ある方から、「四大出て、旅館の仲居か、自分の娘だったら激怒する」と言われて、とても悲しい思いをしました。仲居の仕事は、目配り、気配り、心配り、そしてなによりもお客さまの気持ちを読むことや、さまざまな話題に合わせていくことが必要な仕事です。鍛えなければ務まりませんし、勉強し続けなければついていけないのです。そんなに簡単な仕事ではないのです。

旅館業を盛り上げていきたい。この素晴らしさを多くの方に伝えていきたい。ひとりの力は小さなものですが、一緒に働く仲間へ想いが伝わり、やがてお客さまに伝播していきます。だからこそ損得で判断するのではなく、善悪で考えるようにしています。

ここで働くようになって自分に自信を持てるようになったんです。これまで自分の笑顔にすら自信を持てなかったのに、お客さまからは褒められることが多い。働いていくなかで、自分では知り得なかった自分を発見していく。お客さまとのコミュニケーションを通じて、自分の魅力が引き出されていくような気がしています。まさに主客同一となって共に創りあげる「共創」なんだと思います。もちろん上手くいかないことや、悔しくて涙を流すこともありますが、それだけ真剣に向き合っている証拠なんだと思っています。

旅館業は、誰かのために、誰かに喜んでいただきたいという考えを持っている人に向いている仕事です。迷っていたら飛び込んでみて欲しい。悩んでいたことを忘れてしまうほど楽しい仕事ですので。

Message

人生の先輩から若者に向けて
「仕事や人生を楽しむコツ」とは?

決断力
貫徹力

食べるお宿 浜の湯
代表取締役
鈴木良成氏 Yoshinari Suzuki

Editor's Note編集後記

『ディズニーランドのサービスは称えられ、リッツカールトンのホスピタリティは本になるが、 旅館のサービスは注目されない…』鈴木社長の熱い想いが伝わるフレーズだ。 『(従業員は)心があれば、大きく道を外れるはずはない』、従業員を信じ、実際にそれを体現してきた鈴木社長の この言葉も力強かった。また、旅館業への誇りを語るスタッフインタビューも読みごたえがある記事となった。
山本拓嗣

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