「銀水荘 兆楽」
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INTERVIEW

旅館で働けば、どこに行っても通用する。

第十回
「銀水荘 兆楽」女将 當谷泰子

2017.12.20

京阪神の奥座敷として知られる有馬温泉。大阪・神戸どちらからも車や列車で一時間かからないで到着できる情緒あふれる温泉街。ここに心優しい女将さんが営む宿がある。
銀水荘 兆楽。創業90年、三代目の女将である當谷泰子さんが、スタッフとお客さまを心から大切に思って接することで、常連さんから愛される繁盛旅館になっている。

スタッフが輝いていないとお客さまを笑顔にできない

筆者は、ホテルや旅館に来ると、いつも気にしているポイントがある。気にしているというか、どうしても気になってしまうポイントだ。
それは、「経営者やマネジャーがスタッフに接するときの態度」である。幸いにして私が取材するホテル・旅館の経営者のほとんどはスタッフを大事に思い、愛情込めた接し方をしているが、なかには上から目線で叱りつける人もいる。当然だと思うが、前者の宿は、スタッフやお客さまの笑顔が絶えず、流れている空気が良い。後者の宿は、どこかぎすぎすしている。

そういう目線で今回の取材先である「銀水荘 兆楽」を眺めてみると、ここは飛び切り社員を大事にしている宿だと分かる。女将の當谷さんも、総務長の寺本さんも、スタッフに掛ける声は優しく、楽しげだ。仕事のことだけではなくプライベートも把握しているようである。女将さんは、経営者としてそうしなければいけないと考えてやっているのかもしれないし、自然とやっているのかもしれないが、いずれにしてもその愛情がスタッフに伝わっている。まずは、スタッフを大事にしている点から質問をしてみた。「女将さんがスタッフに掛ける声には愛がこもっていますね。どうしてそのような接し方をするのですか」と。女将さんの答えはこうだった。

「スタッフ自身が幸せでないと、お客さまに良い顔ができません。まずは、スタッフが幸せであり、楽しんで旅館の仕事をしていただくことが大切だと思っています」

繁盛旅館にしたければ、お客さまを幸せにすること。お客さまを幸せにしたければ、スタッフを幸せにすること。だから社員を大切にする。女将さんは旅館の経営者でもあるから、こういった論理を語るのは分かる。けれど客観的に見て、「経営のためにせねば」という意識でやっているようには見えない。本当にスタッフが好きだから愛情たっぷりの接し方に結果なっている。

自らの「日本人らしさ」を磨くことが、
仕事力に直結する

女将さんの、スタッフに対する考え方の話は、続く。

「日本文化を担っている旅館で働く人が日本文化を知らないのはおかしいので、例えば2月の節分に恵方巻きを食べたり、季節の移り変わりを日本の食を通して感じるとお客さまへお伝えすることができます。立ち居振る舞い、綺麗な言葉づかいなどのスキルは、その人の一生の財産になるんです。それがあればどこに行っても生きていける。そうみんなに伝えています」

忘れかけた日本文化を思い出し、若い人たちが継いでいかないと文化がなくなってしまう。

そんな、国としての危機感も、女将さんは持っている。

そうなのだ、日本文化の伝承は、日本旅館が担っていくべき大事なことのひとつである。 日本人としての自分のアイデンティティを深く知り、それを伝えていきたいと考える人には、旅館の仕事はとても魅力的であるに違いない。自分自身の、言うなれば「日本人力」を磨くことが働く旅館の魅力度を増し、自身の「仕事力」が増すことになるのだ。

さらには、海外旅行に出かけることも促しているという。

「国内・国外問わず旅行にはどんどん行きなさいと言っています。同僚と助け合って互いが休暇をとり旅することで、旅人の期待感を実感し理解できるからです」

目配り・気配り・心配りが自然とできるようになる

その人が、自分の仕事が好きかどうかは、次の問い掛けでおおよそ分かる。
「自分の子供が自分と同じ仕事をしたいと言い出したら背中を押しますか」という質問だ。

女将さんにも聞いてみた。「お孫さんが、この旅館で働いてみたいと言って来たらどうしますか」と。
すると女将さんは、次のように即答された。

「勧めます。人との調和、立ち居振る舞いや礼儀作法、さらには辛抱強さも覚えますから」

ときに旅館にはわがままなお客さんもやって来る。そんなお客さんから理不尽なことを言われたり、無理難題を言われた際に、瞬間的にどう対応するか、そして心の中のざわつく気持ちを表情に出さずに笑顔で対応する強さが身につくという。

また、観察力や気配り心配りも鍛えられるという。

「例えば、夕食の際に、みんながお酒を楽しんでいる中で、お酒を飲んでいないお客さまがいたら、さりげなくお茶を勧める。そんな気遣いが自然とできるようになるんです」

つまり、「旅館で働けば、どこに行っても通用する」という。

旅館で働く人はどんな人が向いていると、女将さんは感じているのだろうか。

「まず素直なこと、明るいこと、協調性があることです。先輩であるお姉さんに付いて仕事を憶えていくのですが、誰しもがぶつかる戸惑いがあります。10人いれば10通りのやり方や方法があります。何が良くて何が悪いと判断するのではなく、10通りの方法や知識を取り入れる事ができるチャンスの場だとおもい、素直に聞き入れることが大切なんです」

そういうことができる素直な人は伸びると女将さんは断言する。そして、難しい注文をされるお客さま、ときにはわがままなことをおっしゃるお客さまにも誠意をもって対応することができ、お客さまからも信頼されるという。

お客さまを信じれば、お客さまからも信頼される。とにかく女将さんは「お客さまを大事にする」という思いが強いのだ。信用・信頼を積み上げるのには長年かかるが、潰すのはアッという間である。だからこそ、お客さまには誠実に対応しないといけない。

そんな人間としての基本の大切さを再確認した取材だった。

Information

銀水荘 兆楽

  • 住所:〒651-1401 兵庫県神戸市北区有馬町1654-1
  • 電話番号:078-904-0666
  • ウェブサイト:http://choraku.com/
  • 客室数:40室

「銀水荘 兆楽」女将
當谷泰子氏 Toutani Yasuko
〈プロフィール〉1950年生まれ。有限会社銀水荘二代目の長女として生まれる。1973年神戸市にある親和女子大学卒業後、家業である有限会社銀水荘に入社。1977年26歳で結婚。1981年に長女を出産、1986年長男を出産。2015年5月 兵庫県女将会会長就任、現在に至る。

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Staff Interview

連係プレーができるチーム力が生きる仕事です。

フロント 
美野 泰宏さん

繁忙期や閑散期、あるいは一日の中でも、忙しい時間帯とそうではない時間帯があり、仕事や生活のペースを作るのに最初は苦労するかもしれませんが、旅館では、今まで経験したことのないことがたくさん経験できます。それは毎日勉強の連続であり、楽しさでもあります。

接客が上手くいったとき、お客さまが笑顔でお帰りになると、やっぱり楽しいですし、佐藤さんも同じことを語っていましたが、「ありがとう、また来ます」と言っていただくと、とても嬉しくなります。

でも、最後のその一言は、自分の努力だけでは成立しないものです。旅館で働くみんなの努力、一つひとつの接客の連係プレーがあってこそできることです。「旅館の接客は掛算」とよく言います。一人ひとりが高得点を取っても、たった一人が0点を出してしまったら、旅館全体の得点は0点になってしまうのです。

お客さまの情報を客室係に伝える繋ぎ役も私のひとつの仕事です。例えば、若干耳が不自由なお客さまがご到着された際、その旨を説明し、「必要であれば筆談で対応してください」とスタッフに伝えることによってスムーズに対応することができます。妊婦の方が来られた際にもその情報を伝えることによって、頼まれなくてもカフェイン・レスのお茶を出すことができる。そうした連携プレーの歯車のどこかがくるってしまうと、お客さまが心地よく過ごせなくなってしまいます。

お客さまの喜びを、スタッフ全員で喜び合える、素晴らしい仕事だと思っています。

Staff Interview

お客さまの喜びが、私のストレス解消になっています。

客室係 
佐藤 由紀子さん

旅館で働く前は、旅館は格式が高いのでお客さまとの距離が遠いのかなと思っていましたが、まったくそんなことはないことが働いてみて分かりました。以前私は飲食店で働いていたのですが、それに比べるとお客さまと接する時間も長いですし、いろんなお話ができます。それに、さまざまなお客さまが、さまざまなエリアからお越しになるので、仕事はとても楽しいです。

やはり、お客さまが笑顔で帰ってくださることが、自分の達成感に繋がります。「来て良かった。こんな素敵な旅館は初めてですし、こんな美味しい料理も初めて。次もまた来るね」など言ってくださるととても嬉しいですね。

働き始めて4年になりますが、ようやっとお客さまの気持ちを当てられるようになりました。ご到着され、まず客室に行って挨拶をしますが、そこで印象を感じます。挨拶だけして早く出てほしいというお客さまもいれば、もっとお話ししたいというお客さまもいらっしゃいます。料理のご提供も、お客さまが前の料理を食べ終わるタイミングも分かってきました。説明をしながら出した方が喜ばれるお客さまもいれば、説明がいらないお客さまもいらっしゃいます。笑顔を絶やさずに話しをしていると、お客さまが何を求めていらっしゃるかが大よそ分かってきます。

旅館の仕事は、お客さまの喜びがこちらの喜びになる仕事です。確かに、勤務時間が不規則だったり、重い物を持ったり、しんどいと感じることもありますが、それ以上に「このお客さまに会えてよかった」と思えた瞬間、私はその束の間の大変さを忘れてしまいます。お客さまの喜びが私のストレス解消になっています。

私自身が、次の休暇に道後温泉に行こうと計画を立てていたとき、たまたま道後温泉から来られたお客さまを担当したことがありました。普段は、私がお客さまから有馬温泉のことを聞かれてお勧めスポットなどをお答えするのですが、そのお客さまには、逆に私が道後温泉のお勧めスポットを聞いてしまう展開になってしまったんです。すると、そのお客さまは、わざわざ私のために、メモ書きをして詳しく教えてくださいました。このような感じで、お客さまとすぐに親しくなれる、楽しい仕事だと思っています。

Message

人生の先輩から若者に向けて
「仕事や人生を楽しむコツ」とは?

潜在力

「銀水荘 兆楽」
女将
當谷泰子氏 Toutani Yasuko

Editor's Note編集後記

一番印象に残ったのは、“旅人の期待感”という言葉だ。
『国内・国外問わず旅行にはどんどん行きなさい…』、かたまった休みがとりにくいと思われがちな旅館業では意外な言葉だったが、お客様が期待するもの(旅人の期待感)を理解するためには、自分がその立場になることに限るという事だ。
取材をさせてもらった客室係の佐藤さんが言った、『お客様の気持ちを察することができるようになり…』。繋がっているのかもしれないと思った。
旅人の期待感を理解し、お客様の印象を感じ取り、お客様が求めていらっしゃるものを見出す。AIには出来ない、私たち人間の仕事だと改めて感じた取材だった。 (山本拓嗣

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