「iRoHa Garden Hotel & Resort」
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INTERVIEW

元バックパッカーが、ソニーを辞めて
海外にホテルを創った理由わけ

第十五回
iRoHa Garden Hotel & Resort 
黒田進

2018.06.20

今回のSwitch Brightは、初の海外取材。今年3月、若い活気に満ち溢れるカンボジアを訪問した。
首都プノンペンは、フランス植民地時代の建物が多く残り、コロニアル的な雰囲気と東南アジアのエキゾチックな雰囲気が融合した魅惑的な都市である。いまから4年前の2014年6月、この街の閑静な住宅街にiRoHa Garden Hotel & Resortが誕生した。珠玉のブティックリゾートホテルだ。オーナー経営者は日本人。ソニーを退職して財を投じ、自身の理想を追求した黒田進さんである。そしてプノンペンで一番人気のホテルに育て上げた。そこに込めた思い、ホテル経営の面白さ、海外で成功する秘訣をうかがった。

テーマは、クロスカルチャー。
異文化が集う場所としてのホテル

カンボジアには、ブティックホテルと呼ばれる、小さいけれど個性豊かなホテルがたくさん存在している。かつて大使館だったり、欧米人の邸宅だったりした建物を改装して創ったホテルだ。iRoHa Garden Hotel & Resort(以下、イロハガーデン)も、そんなブティックホテルのひとつ。2018年1月には本館のほかに敷地内にiRoHa Garden Villa Theatoをオープン、緑豊かな敷地に31の客室、レストラン、スパ、スイミングプールなどが点在している。イロハガーデンというネーミングに込めた思いは、iRo =彩、Ha=葉、「Variety of leaves」。様々な葉っぱ(文化や人種)が混じり合う庭。オーナーの黒田進さんは、そんな自身の理想を追いかけてホテルを創り、見事にプノンペンで一位を獲得してしまった(「トリップアドバイザー」ランキング一位)。

まずは、なぜ日本を代表する企業を辞めてまで海外でホテルを創ろうと考えたのか、その辺から伺った。

「私は、日本人の父と、中国人の母の間に生まれたハーフです。国と国の間に生まれたのですが、反日感情を持つ中国でも、自分が中国人のハーフだと知るととても仲良くしてくれました。また、一方で私は旅が好きでバックパッカーとして国内外を旅したのですが、世界中から集まる旅行者が交流するゲストハウスの空間、つまりクロスカルチャーの空間がとても好きでした。国境を越えて文化や人種が交差することで、お互いがお互いを知る。そして、お互いを好きになり、尊重しあえる仲になる・・・。それが世界平和につながると考えました。ITとは全く異なる異文化コミュニケーションを促進させることにより、なにか世界に貢献できたらと考えました。それがホテルを始めた理由です」

なぜ海外で始めたのかを尋ねると「マイノリティたちが集う場所をコーディネートする自分たちもマイノリティであるべきだから」と教えてくれた。そして、プノンペンを選んだ理由は、「経済成長性、親和性、ビジネス実現可能性など総合的に考え、アジア・アフリカの十数都市を検討した結果、プノンペンに至った」だったとのこと。

ホテル経験なし。ゼロからの出発

「クロスカルチャーの場所としてのホテルを創る」。
そう決めた黒田さんは、ソニーに在籍しながら休暇のたびにプノンペンを訪れ、様々なホテルを泊まり、市場調査を重ね、物件を探した。黒田さんの構想は4年に及んだ。

着工は2013年8月、リノベーション工事に付き添い、マテリアル(建材)選びも自身で行なった。スタッフのリクルーティングも自ら行なった。幸い、カンボジア人は英語レベルが比較的高く、シャイではあるものの笑顔が自然に出る若者が多い。ホスピタリティの気持ちを元来秘めているので、サービスパーソンには向いている。

黒田さんは、当然ながらホテルを創ることも初めてだし、ホテル経験もゼロだった。開業を迎えるまでも、相当な試行錯誤と苦労があった。結局、開業も予定よりも3ヵ月も遅れてしまった。収入がないなかで、ホテルの家賃とスタッフの人件費だけが出ていく、じりじりとした精神的にタフな時間を過ごす開業準備期間を経験した。

自分が移動しなくても旅気分になれる仕事

我々スイッチブライト取材班がイロハガーデンを訪れたのは今年の3月、開業から3年と9ヵ月経った時だった。イロハガーデンは、満室だった。世界中からやってくる旅行者でホテルは大いににぎわっていた。

それに、旅行者の口コミサイト「トリップアドバイザー」において5ツ星を獲得、プノンペンのホテル全285軒の人気ランキングで一位になっていた。これがどれだけすごいことかというと、東京のホテルはトリップアドバイザーに約800軒登録されているが、5ツ星の宿はたった一軒である。なぜこのように人気を博したのだろうか。

「プノンペンには建物に魅力のある、ハードが素晴らしいホテルは山ほどあります。ですので、建物の魅力では私のような個人企業では到底勝てません。ですので、ソフトの部分で勝負しようとしました。ホスピタリティをビジネスドメインに設定したのです。つまり、本来の意味の“ホスピタリティ・ビジネス”です」

ゴージャスな空間でも、高級レストランの存在でも、立地の良さでも、眺望の良さでもなく、スタッフの温かい接客で、ゲストから選ばれ、支持されるホテルを目指したのだった。

「私は、できる限り、ゲストに話し掛けるようにしています。自分に、必ずゲスト全員と話すことを義務付けています。朝食時に、一人10分とか、長い人で30分くらい話し込んでしまうこともあります。そして、できる限りチェックアウトは見送るようにしています。というか、ゲストの滞在中に良好な関係を築くと、自然と見送りたくなります。世界中からやってくる人と会話して、新しい話を毎日聞けるのは、長期の旅に出づらくなった私にとっては、実に楽しいことです。自分が移動しなくても旅ができている気分ですね」

仕事だから仕方なくやっているわけではなく、楽しいからやっている。そう言って黒田さんは笑う。ただし、そうはいっても黒田さんはビジネスにも精通している。ビジネス的な意味合いもあるだろう。

「ビジネス上の意味で言えば、すべてのスタッフでゲストの滞在中の感想、リクエスト、問題をなるべく早く拾い上げ、出来るだけ早く対応したいという理由があります。チェックアウトの際には本当に満足して帰ってもらい、あとで口コミサイトにネガティブなコメントを書かれてしまうことを無いようにしたいですね。」

カンボジアのホスピタリティは、日本以上

オーナーが率先してホスピタリティを実践すれば、スタッフもその通りに実践するのだろうか。ホスピタリティ・ビジネスは、そんな簡単に行く事業ではないはずだ。その辺は、黒田さんはどのようにマネジメントしているのだろうか。

「意外と知られていないことですが、カンボジア人のホスピタリティはすごいですよ。日本人以上です。ちょっと具合の悪いゲストがいたら、みんなでケアします。彼らは、日本では、おせっかいと思われてしまうようなことまでとことんやります。頼まれもしないのに、ジンジャーティを作って部屋に届けたりするんです。私は指示なんてしません。『ホスピタリティを発揮してください』なんて、一度も言ったことありません。伝えていることは、『何か問題が起こったら、ゲスト・ファーストで考えなさい』ということくらいです。彼らはゲストを心配したり、配慮したりして勝手にやってしまうのです。私は、そうした自発的なホスピタリティを応援するし、けっして『なんで、そんなことを勝手にやったんだ』と口にしないようにしているだけです」

確かに、イロハガーデンには、人懐こいスタッフが多い。多少ぎこちなくても一生懸命接客するし、みな話好きだ。それに、ゲストに質問を頻繁にしてくる。最も人懐こいスタッフは、筆者にFacebookの友達申請をしてきたくらいである。日本のホテルと比べて格段にゲストとスタッフの間の距離が近いのだ。結果、「友達になりたい」「応援したい」と思わせてしまう。

「十回のミスを、一回のスマイルで帳消しにすることができる能力が彼らにはある」と黒田さんは笑う。

スタッフこそ商品。
経営者は商品を傷つけてはいけない。

黒田さんは、スタッフを叱ることはあるのだろうか。

「もちろん、あります。しょっちゅう叱ります。でも、オペレーションの最中は叱らないように気を付けています。なぜならスタッフがうちの一番の商品ですから。そして、スタッフを叱ると、どうしても顔に出ます。沈んだ気持ちで接客し、笑顔も出なくなります。経営者が商品を傷つけることはあってはならないと思っています」

成功条件は、現地の人をリスペクトできるかどうか

最後に、海外で一旗揚げたいと考えている若者へのアドバイスをもらった。

「ある程度、日本で一流にならないと、海外で成功するのは難しいかもしれませんね。日本の社会でうまくいかないから海外に出てやろうという意図だと、海外でも行き詰ると思います。一部、サクセスストーリーはありますが、ごくごく一部だと思います。もし、海外でやっていくための必須条件があるとすれば、それは現地の人をリスペクトできるかどうかです。『カンボジア人は・・・』という愚痴を言い始めると失敗の始まりの気がします」

Information

iRoHa Garden Hotel & Resort / Villa Theato

  • 住所:#8, Street 73, Sangkat Tonle Bassac, Khan Chamkarmorn Phnom Penh, Kingdom of Cambodia
  • 電話番号:+855-011-775-752
  • 客室数:31室

Culture Spice (Cambodia) Co., LTD. iRoHa Garden Hotel & Resort
黒田進氏 Susumu Kuroda
1969年8月 大阪で、日本人の父と中国人の母の間に生まれる。1989年に大学入学に伴い上京、技術経営修士(MOT)。1995年大手電機メーカーに就職、コンピューターストレージ機器の研究開発、本社研究企画開発部門に従事、ビジネススクール時代に途上国型イノベーションをテーマにビジネスをプランニング、ホテルの起業に至る。2013年Culture Spice (Cambodia) Co., LTD.をカンボジアで起業、2014年首都プノンペンでiRoHa Garden Hotel & Resortをオープン、2018年iRoHa Garden Villa Theatoをオープン、40カ国以上の国をバックパックで旅する。趣味は旅、ジャグリング、写真。

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Staff Interview

iRoHa Gardenのインターンシップで得た人生の宝

立教大学観光学部3年 竹原陸

私は、今年の4月、一カ月間、学生インターンとして、iRoHa Gardenに滞在しました。 iRoHaでは、主に朝食のレストラン業務を4時間ほどこなした後、夜まで『カンボジアと日本のホスピタリティの違い』についての調査をするのが日課でした。いわば、スタッフとゲストの中間辺りでずっとホテルに居させてもらったのですが、そのおかげで、ただ働くだけでは分からなかったiRoHaの魅力を存分に感じることができました。

私が感じた魅力の一つが、iRoHaで働くスタッフたちのコミュニケーション力です。iRoHaには、『どんな時も、ゲスト・ファーストで考えなさい』というポリシーがあるのですが、それを支えているのは、日本とは比較にならないほど濃い密度で行われるコミュニケーションです。彼らが日々行っているスタッフ同士のコミュニケーション、ゲストとのコミュニケーションは、スピーディで、フレンドリーで、ナチュラルです。ゲストを幸せにするために、朝から晩まで、全力でコミュニケーションをしています。

もともと、カンボジア人のフレンドリーさには特筆すべきものがあります。笑顔がチャーミングなのはもちろんですが、国自体が発展途上で、特にその中で観光産業が大事な位置を占めていることもあって、誰もが大きなインセンティブを持って働いている感じがします。
それに加えて、イロハでは、彼らの想像力やコミュニケーション力に『フタ』をしない雰囲気が流れています。ハイクオリティなレベルで、スタッフが『自由に、リラックスして』動いているなというのが、私がイロハで過ごして感じたことです。それがまた、密度の高いコミュニケーションを生み出しているのではないかと私は考えています。

iRoHaのゲストは、99%が外国人観光客です。それぞれが違う国の文化と価値観を背景に生活しているため、『ゲスト・ファースト』であるためには、そもそもゲストにとって何が『ファースト』なのかをまず知らなければいけません。だから、iRoHaのスタッフは、気負わず、気取らず、ゲストに対して『あなたを幸せにしたいから、まず、あなたが望んでいることを教えて。』という真摯な姿勢からなるコミュニケーションをすることができます。それは、本当に素晴らしいことです。

『あそこの庭で朝食を食べたいのだけど・・』

外国人のゲストは、それぞれ全く違う価値観を持ってiRoHaに来ているため、時々、突拍子も無いリクエストが飛んで来ます。私が働いていた朝食の場面でも、いくつかの面白いリクエストに遭遇しました。

例えば、iRoHa Gardenは、その名前の通り、素晴らしいガーデンとプールを敷地内に持っていて、普段は、そのガーデンを見ながら屋外のテーブルで朝食を召し上がっていただくのですが、ある日、一人のゲストが、『ここの庭の芝生の上で、子供と遊びながら地べたで朝ごはんを食べたいのだけれど、何か用意してくれない?』というリクエストをしてきました。日本のホテルであったら、もしかしたら、『お客さま、申し訳ありません。朝食会場はこのレストラン内のみとなっております』とお断りしてしまうかもしれませんが、iRoHaのスタッフは違います。顔を付き合わせて、『大きなトレーあったっけ?』『確か倉庫にあったと思うよ』『予備のテーブルクロス持ってくるね』と、トントン拍子で会話を進め、あれよあれよという間に3分ほどで専用の朝食会場を庭に作ってしまったのです。もちろん、ゲストは大喜び。私はといえば、彼らの対応の素早さにただ驚くばかりでした。

ホテルは、感性を触れ合わせる場所

一カ月間、彼らと生活を共にして、私自身の考えも、大きく変わりました。
もともと私は都内の高級ホテルでアルバイトとして働いていたのですが、そのときの私の中に凝り固まっていた価値観は、『ゲストと余計なコミュニケーションをすることはリスクであり、相手の思うことを黙って察して動くことが適切である』というものでした。
しかし、『相手のことを察する』というのは、本当に難しいことです。自分は察して適切な行動をとったつもりでも、実はゲストは全く違う要望を持っていて、良かれと思ってしたことが逆効果になってしまうことは多々あります。
「だから、その時に、一言でも二言でも、もう一歩踏み込んで、相手とコミュニケーションができるかどうかが、最も大切」
iRoHaで働いたあと、私はそう思うようになりました。

さらに、コミュニケーションをすることによって、自分の感性と、相手の感性が触れ合う時間ができます。そして、それを積み重ねて行くと、どこかで、自分の感性と相手の感性が、ピッタリと合う瞬間が訪れます。まさにその時、真にゲストの側に寄り添ったホスピタリティを発揮することができるのです。その瞬間を体験できることが、ホテルが持つ、唯一無二の魅力なのだと思います。

人を感動させるためには、沢山感動することが大切である。

iRoHa Gardenに行って、私は沢山の感動を経験しました。2日目からほとんどのスタッフが私の名前を覚えてくれたこと、体調が悪い時に心から心配して気遣ってくれたこと、別れの日、サプライズの寄せ書きを貰ったこと・・・、とてもこの紙幅では書ききれない、たくさんの感動をもらいました。

そして、一つひとつの感動をもらうごとに、私は、自分自身の感性がより豊かに、より繊細になっていく感覚を味わいました。小さなことにも感動できるようになり、物事に対する嗅覚がどんどん鋭くなっていったのです。これまで私は、『感動を与えられる人は才能があるから』だと思い込んでいましたが、本当は、『たくさん感動させられた経験のある人が、人を感動させるようなサービスマンになれる』というのが真理なのではないかなと、今では考えています。

そういったことに気づかされたiRoHaでの経験は、私にとって、何物にも代えがたい人生の宝になりました。

Message

人生の先輩から若者に向けて
「仕事や人生を楽しむコツ」とは?

共創力

iRoHa Garden Hotel & Resort
黒田進氏 Susumu Kuroda

Editor's Note編集後記

ホテル経験ゼロの夫妻が経営するカンボジアのブティックホテル…。
元ホテルマンの私としては、なんとも刺激的な取材先だった。
『実現可能性を見極め…、ビジネスドメインとしてホスピタリティを設定する…』 そんな黒田さんのお話から、ホテリエという“働き方”ではなく、“経営者”としてホテルに携わることの面白さにも少し触れることが出来た気がした。
ただ、一番印象に残っているのは、若者へのアドバイスだ。
『海外でやっていくための必須条件があるとすれば、現地の人をリスペクト出来るかどうか…』
「現地の人は…」と愚痴を聞くことが確かにある。
私も大切にしたいメッセージになった。
山本拓嗣

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